C級hack(シクハック)

動画と画像を、さがし求めて四苦八苦。

「村上智里 on 極寒のお台場」2008年12月28日

いやー、行ってきました、お台場。
アップフロントワークスのオフシャルアーティストページ
http://www.up-front-works.jp/artistlistindex.html
の「マ行」が、前田有紀、松浦亜弥、真野恵里菜、MilkyWay、村上智里、メロン記念日、モーニング娘。、森高千里と続くなかで、なぜかDDに愛されていない、村上智里のライブイベントに行ってきたよ。
場所は、お台場フジテレビ玄関前イベント広場というこれ以上ない舞台。
しかし、村上智里が登場した時点で客が私ひとり(これホント)。
客が自分しかいないというライブは7年ぶりくらい。あせったよ。
歌が始まると、パワフルな歌声につられて、通行人が4人立ち止まったので、計5人で聞いてたよ。
特に、録画の規制はなかったなぁ〜。

「ハロプロエッグ」は「ハロー!プロジェクト エッグ」と表記されたこともある。

「ハロプロエッグ」は「ハロー!プロジェクト エッグ」と公式に表記されたこともある。
【ハロプロエッグ】 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/ハロプロエッグ
キッズはハロー!プロジェクト・キッズが正式名称であり、ハロプロキッズと略されるが、エッグはハロプロエッグが正式名称であり、ハロー!プロジェクト・エッグと公式に表記された事はない。
んな、アホな。


のっち(能登有沙)は、すでにこの頃から、ヲタ属性のアピールw

国鉄民営化と亀井絵里とクリスマス・エクスプレス

国鉄は1987年4月1日民営化された。
それに伴い、新幹線を保有するJR東海は、国鉄時代とは違ったイメージでCMを展開していた。
第一弾は「シンデレラ・エクスプレス」。
その後、「アリスのエクスプレス」「プレイバック・エクスプレス」「ハックルベリー・エクスプレス」続き、第五弾として、1988年10月から12月のクリスマス・イブまで、「ホームタウン・エクスプレス」が製作され、放送されていた。
「ホームタウン・エクスプレス」は、その後1989年から1992年まで続く「クリスマス・エクスプレス」の事実上の第一作となった。
この、「ホームタウン・エクスプレス」のCMは、遠距離恋愛で会えない二人が、クリスマスの日に、新幹線を使って会うという設定である。
1988年はバブル絶頂期であり、若者たちは、いかにクリスマスを豪華に過ごすか、ロマンチック過ごすかを、競っていた年である。
そして、このCMこそが、そのクリスマスの象徴であり、みんな熱狂した。
CMで使われた山下達郎の5年前のシングルに過ぎなかった「クリスマス・イブ」は、その後、日本のクリスマスソングの定番として、定着するほどだった。
そして、もうひとつ注目を浴びたのが、CMに登場する謎の美少女だった。
当時、その名をほとんど知っている人がいなかった深津絵里である。
私のまわりでは、CMが流れた時に、深津絵里を知っていた人は、誰一人としていなかった。
しかし、あまりの可愛さ美しさに、12月のクリスマス・イブまでには、ほとんどの若者の知るところになった。

1988年12月23日、CMが大量に流れるなか、世間で言うところの「クリスマス・イブイブ」に亀井家ではひとりの女の子が生まれた。
パパとママは、その女の子に「絵里」と名前を付けた。

深津絵里 - ホームタウン・エクスプレス (1988)


河合美佐 - シンデレラ・エクスプレス (1987)

これは、いわゆる「21時までのシンデレラ」。
Berryz工房は、このモトネタ、知ってるのかなぁ。

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